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ダイガクコトハジメ - 東京高等工藝学校

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学校略歴

​→ 東京工業大学

​→ 東京藝術大学

​→ 千葉大学工学部

創立者

学校年表

​→ 東京工業大学

  • 1899(明治32)年9月、東京工業学校工業図案科、「工業製品は性能は基より、使いやすく美しくなければならない」という考えに基づき設置。

  • - 1914(大正3)年 安田禄造(- 41歳)東京高等工業学校工業図案科科長・松岡壽の働きかけにより、教員の海外派遣が実現。最初の派遣者に。オーストリア留学。ウィーン工芸学校にて、建築家・デザイナーとしてモダンデザインの道を切り拓いた先駆者の一人・ホフマンに師事。ホフマンの現実的で実用的な様式を追及する姿勢が、東京高等工業学校工業図案科が目指す方向と合致。その後、西欧各地を巡る。

​→ 東京藝術大学

  • 1921(大正10)年12月9日 松岡壽(60歳)東京高等工藝学校設立。初代校長に。修業年限3年の本科に工芸図案科・工芸彫刻部・金属工芸科・木材工芸科・印刷工芸科を設置。

  • 1924(大正13)年3月29日、職工徒弟学校東京高等工藝学校に移管、​東京高等工藝学校附属工芸実修学校設立。

  • 1925(大正14)年6月 松岡壽(64歳)東京高等工藝学校第3代校長に。

  • 1928(大正17)年4月 安田禄造(55歳)東京高等工藝学校第4代校長に。以後、1941(昭和16)年まで在任。

1943(昭和18)年2月16日 専門学校令改正

実業学校令廃止、専門学校と実業専門学校の区別廃止。翌年、各種専門学校は経済専門学校(旧高等商業学校・旧高商)・工業専門学校(旧高等工業学校・旧高工)・農林専門学校(旧高等農業学校・旧高農)・外事専門学校(旧外国語学校)など改称。

  • 1944(昭和19)年、東京高等工藝学校、専門学校令改正に伴い、東京工業専門学校に改称。

  • 1945(昭和20)年4月5日、東京大空襲、芝浦校舎が焼失。千葉県松戸の陸軍工兵学校跡地に移転。

1946(昭和21)年 - 学制改革

第二次世界大戦後の連合国軍最高司令官総司令部の占領下、第一次アメリカ教育使節団の調査結果より、アメリカ教育使節団報告書に基づいて日本の教育制度・課程の大規模な改変・改革が行われる。日本側は、東京帝国大学総長・南原繁らにより推進される。

複線型教育から単線型教育「6・3・3・4制」への変更。義務教育の9年間(小学校6年間・中学校3年間)への延長。複線型教育については、封建制の下における社会階層に応じた教育構造であるとされ、これを廃止。教育機会の均等が図られる。

戦前の旧制大学・旧制高等学校・師範学校・高等師範学校・大学予科・旧制専門学校が4年制の新制大学として再編される。新制国立大学について、文部省が総合的な実施計画を立案、1949(昭和24)年施行の国立学校設置法に基づき設置。

1949(昭和24)年5月31日公布・施工 国立学校設置法

文部省管轄、全国に69の新制国立大学が発足。

  • 1949(昭和24)年5月、学制改革に伴い、新制大学・東京工業大学発足。工学部設置。

​→ 千葉大学工学部

 

東京高等工藝学校

千葉大学工学部

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