東京藝術大学

正木直彦

まさきなおひこ

1862(文久2)年10月26日/12月17日 - 1940(昭和15)年3月2日

1862(文久2)年10月26日/12月17日

  • 正木直彦、和泉国堺夕栄町(現在の大阪府堺市)に正木林作の三男として生まれる。

  • 正木直彦、文部省入省。「第一高等学校」教授兼任。

1899(明治32)年 - 1901(明治34)年

  • 正木直彦(36-39歳)、美術など調査のため、欧米へ。

1901(明治34)年

  • 正木直彦(38-39歳)、岡倉天心辞職後の「東京美術学校」にて、第5代校長に就任。以後、30年長にわたる長期間校長を務め、校正改革。制度・組織が安定。

1906(明治39)年 - 1907(明治40)年

  • 正木直彦(43-45歳)、黒田清輝・大塚保治らと共に、政府による芸術振興を建議。これを受け、翌1907(明治40)年に第1回文部省展覧会(文展)が開催されることに。文展委員主事に。委員長は文部次官・澤柳政太郎。

  • 正木直彦、博覧会や東京府美術館建設ほか、多くの美術行政に関わる。

1929(昭和4)年

  • 正木直彦(66-67歳)、「東京美術学校」が蒐集した美術品を展示するための「陳列館」を建設​。

1932(昭和7)年

  • 正木直彦(69-70歳)、「東京美術学校」校長退任。後任は文部省官僚ではなく、初めて学内から選出された、西洋画科教授・和田英作が校長に。

1940(昭和15)年3月2日

  • 正木直彦(77歳)、死去。享年、77歳。