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文学作品より当時学校の様子、学生生活の輪郭を読み解く。

慶應義塾 | ​『福翁自伝』福沢諭吉 -12

 私が大阪から江戸へ来たのは安政五年、二十五歳の時である。同年、江戸の奥平《おくだいら》の邸《やしき》から、御用《ごよう》があるから来いと云《いっ》て、私を呼《よび》に来た。それは江戸の邸に岡見彦曹《おかみひこぞう》と云《い》う蘭学|好《ずき》の人があって、この人は立派な身分のある上士族で、如何《どう》かして江戸藩邸に蘭学の塾を開きたいと云うので、様々に周旋して、書生を集めて原書を読む世話をして居た。


 所《ところ》で奥平家が私をその教師に使うので、その前、松木《まつき》弘庵、杉亨二《すぎこうじ》と云うような学者を雇《やと》うて居たような訳《わ》けで、私が大阪に居ると云うことが分《わかっ》たものだから、他国の者を雇うことはない、藩中にある福澤を呼べと云うことになって、ソレで私を呼びに来た。


初出:1898(明治31)年7月1日号 - 1899(明治32)年2月16日号



文学作品より当時学校の様子、学生生活の輪郭を読み解く。


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