専修大学

駒井重格

こまいしげただ

1852(嘉永5)年8月21日/10月4日 - 1901(明治34)年12月9日

1852(嘉永5)年8月21日/10月4日

  • 駒井重格、伊勢国桑名藩士・駒井重周の子として生まれる。

  • 駒井重格(14歳)、家督を継ぐ。

  • 駒井重格、戊辰戦争にて桑名藩主・松平定敬の下で従軍、負傷して帰藩。

1871(明治4)年

  • 駒井重格(18-19歳)、廃藩置県により桑名藩知事を罷免された旧桑名藩主・松平定敬がアメリカ留学を志望。学友に選ばれ、横浜のアメリカ・オランダ改革派教会ブラウン宣教師の「ブラウン塾」で英語を学ぶ。

1874(明治7)年12月

  • 駒井重格(22歳)、旧桑名藩主・松平定敬・松平定教父子に随伴し、アメリカ留学。ニューブランズウィックの大学予備門で学んだ後、「ラトガース大学」で経済学を学ぶ。英語のほか、フランス語にも熟達。渡米中、同じく経済学を学ぶ相馬永胤田尻稲次郎目賀田種太郎と親交。​

1879(明治12)年

  • 駒井重格(26-27歳)、日本に帰国。相馬永胤目賀田種太郎が共同で東京市京橋区(現在の東京都中央区)に法律事務所を開設。事務所の2階に、やはり米国から帰ったばかりの田尻稲次郎と共に寄宿。4人で起居を共にし、学校設立の準備に動き出す。

1879(明治12)年

  • 駒井重格(26-27歳)、帰国に際し、田尻稲次郎新調した背広を贈る。故

  • 駒井重格、江木高遠、鈴木智雄と共に「東京府第一中学」英語教諭に​。

1880(明治13)年9月14日

1881(明治14)年

  • 駒井重格(28-29歳)、大蔵省入省。

  • 駒井重格、岡山中学校、岡山師範学校の教師兼校長に。岡山県商法学校長に。

  • 駒井重格、再び大蔵省入省。

1896(明治29)年

  • 駒井重格(43-44歳)、大蔵省国債局長兼参事官に。

1899(明治32)年

  • 駒井重格、田尻稲次郎と共ににフィリピーヌ・ルロア=ボリュー『財政学概論』を翻訳・祖述。フランス財政学の導入、近代財政制度を創設、財務行政および人材育成に貢献。

 

1901(明治34)年12月9日

  • 駒井重格(48歳)、死去。享年、48歳。