ダイガクコトハジメ - 大蔵省銀行学局

大蔵省銀行学局

 

創立  : 1874(明治7)年4月​

​前史  :

大蔵省翻訳局 → 大蔵省銀行学局 → 大蔵省銀行学伝習所 → 大蔵省簿記学伝習所 → 大蔵省銀行事務講習所 東京高等商業学校の付設学校に

​「大蔵省銀行学局」年表

1868(慶応4/明治元)年1月

  • 朝廷に政府運営のための資金調達の機関として、「金穀出納所」が設置される。

1868(慶応4/明治元)年4月/6月

  • 維新政府が太政官制を導入。「金穀出納所」は「会計官」に改称。

1869(明治2)年8月-9月

  • 二官六省制となった際、「会計官」は「大蔵省」に改称。初代大蔵卿に松平慶永が就任。

 

1872(明治5)年6月

  • 「翻訳局」設立。外国書の翻訳や銀行要員養成のため、有給生徒を募集。小池清一(後に貴族院議員)、島田三郎、田口卯吉、高梨哲四郎(後に衆議院議員)、三輪信次郎(後に銀行学局教官)など錚々たる人々が入局。

1874(明治7)年4月

  • 大蔵省、お雇い外国人・A.A.シャンドの薦めにより紙幣寮銀行課の一部局として、「大蔵省銀行学局」設立。実質的に「翻訳局」を引き継ぐものとなる。日本で最初の商業教育機関と呼べる。銀行学局長に、日下義雄が就任。副長に、宇佐川秀次郎が就任。

1874(明治7)年7月31日

  • 「翻訳局」、閉鎖。

1875(明治8)年7月 - 1876(明治9)年

  • 大蔵省、国立銀行などから自費通学生を募集することに。「銀行学局」の生徒の多くが紙幣寮に採用された為、「銀行学局」を閉鎖。銀行課内に翻訳掛を新たに設立、生徒の教育と翻訳が委嘱される。

1877(明治10)年12月

1879(明治12)年6月30日

  • 「銀行学伝習所」、閉鎖。

1879(明治12)年 - 1882(明治15)年

  • 「銀行学伝習所」の教官が諸器械類を下賜され、大蔵省官用地を借用して「大蔵省簿記学伝習所」を開設するも、閉鎖。

1882(明治15)年4月

  • 大蔵省銀行局直属の「大蔵省銀行事務講習所」開設。銀行事務講習所長心得に、藤尾録郎が就任。

1886(明治19)年3月31日

  • 政府直轄学校がすべて文部省の所管に。「大蔵省銀行事務講習所」閉鎖。

1886(明治19)年5月

  • 「大蔵省銀行事務講習所」は「東京高等商業学校」(後に一橋大学)の附属となり、「東京高等商業学校附属銀行専修科」と称する。

1887(明治20)年6月

1889(明治22)年3月

1891(明治26)年9月