北里大学

北島多一

きたじまたいち

1870(明治3)年6月21日/7月19日 - 1956(昭和31)年10月11日

1870(明治3)年6月21日/7月19日

  • 北島多一、 北島信厚の子として生まれる。

1894(明治27)年

1914(大正3)年

1914(大正3)年

1917(大正6)年

  • 北里柴三郎(63-64歳)福澤諭吉没後、長年の多大なる恩義に報いるため、「慶應義塾医学部」創設。初代医学部長、付属病院長に。教授陣に、ハブの血清療法で有名な北島多一や、赤痢菌を発見した志賀潔など、「北里研究所」の名だたる教授陣を惜しげもなく送り込む。終生無給で「慶應義塾医学部」の発展に尽力。​

1917(大正6)年

1928(昭和3)年

1931(昭和6)年

1956(昭和31)年10月11日

  • 北島多一(86歳)、死去。享年、86歳。