北門義塾

 

柳田藤吉

やなぎだとうきち

1838(天保8)年12月8日/1月3日 - 1909(明治42)年5月10日

1838(天保8)年12月8日/1月3日

  • 柳田藤吉、現在の岩手県盛岡市に生まれる。家業は、下駄を生業に。

  • 柳田藤吉、遠野で商業を学ぶ。

1854(安政4)年2月

  • 柳田藤吉(15歳)、箱館に商店「柳屋」を開業。昆布の貿易を手がけ、多くの利益を手にする。

1864(元治元)年

  • 柳田藤吉(25-26歳)、昆布の加工場設営。

1868(慶応4/明治元)年 - 1869(明治2)年

​戊辰戦争

戊辰戦争時

  • 柳田藤吉(25-26歳)、旧幕府方、新政府、双方に武器を売り、財を成す。

1869(明治2)年4月/5月

  • 柳田藤吉(31歳)、戊辰戦争で財を成し、社会に貢献したいと福澤諭吉・箕作麟祥に相談。私塾を起こすことを勧められ、洋学校「北門義塾」創立。この事業に賛同した三井家が、所有する早稲田の建物(元高松藩下屋敷)を提供。山東一郎・松本良順が学校を管理することに。

1870(明治3)年

  • 柳田藤吉(31-32歳)、藤野文蔵らと共に開拓使に請願、会所町にあった官舎を補修。函館に分校「北門社郷学校」設立。

1871(明治4)年7月

  • 柳田藤吉、根室地方の漁業経営に進出、後に根室昆布営業組合・同鮭営業組合頭取に。

1872(明治5)年

  • 柳田藤吉(33-34歳)、「北門義塾」閉学。学舎は、柳田藤吉の理念を継承した「東京専門学校」に受け継がれる。

1876(明治9)年

  • 柳田藤吉(37-38歳)、国内初の大規模な洋式牧場・柳田東梅牧場開設。

  • 柳田藤吉、根室銀行設立など、道東地区で様々な事業を展開。

1901(明治34)年

  • 柳田藤吉(62-63歳)、北海道会議員に。

1904(明治37)年

  • 柳田藤吉(65-66歳)、第9回衆議院議員総選挙、衆議院議員当選。

 

1909(明治42)年5月10日

  • 柳田藤吉(71歳)、死去。享年、71。